村岡農園(Farm Muraoka) 村岡次郎さん

自分は、自然が好きなんです。自然といっても、最近は自分も自然の一部だと、この里山の中で生活をして、感じていますが。

自然は、美しい。何で、こうも美しいのだろうと思うのです。朝早く畑に行くと、太陽が出始めています。出始めた太陽の光は、植物を照らし始めます。照らされた植物には、夜の間気温が下がって夜露がついており、その夜露が太陽の光を反射させます。そして、反射させた光は、自分のいる空間をあっという間に、輝く黄金色の世界にしてくれるのです。

想像してください。 その時、自分は、ただ一言、「きれいだ」と心の中でささやくのです。自然は、美しい。そういう中で、生きる人間として、得体の知らない化学的なものを使い、他の生き物を殺していく、この自然界のバランスを壊していくというのは、受け入れがたいものがあります。例え、得体の知らない化学的なものを、どういうものなのか知ったとしても、奇妙さが残るでしょう。また、そういうものを使わなくても、植物たちは強く、たくましく生きていける。そして、そういう植物たちが付ける実を食べることで、自分も強くなれる。

確かに、経済性を考えれば、農薬、化学肥料を使うことは、効率が良いと思いますが、今の日本は飽食社会。食べ物を粗末にしてしまう社会に、それらは必要なのか、と思わされます。自分の畑の前を流れる真音川には、まだ蛍がいます。蛍の光を、将来この地にいる人々が見続けられるよう、この農園の営みを続けていきます。

 

村岡農園(Farm Muraoka)

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仙台秋保 くまっこ農園 渡辺重貴さん

農家に育った人間でない私にとって野菜や米は100%食べ物です、商品(お金に替えるもの)という感覚はありませんでした。

そんな人間が初めて農業を体験したのが23才の時。 自分で種を蒔いて育てたトウモロコシを畑で生でかじった時、あまりの美味しさに感動したのと同時に、「自分で食べるものを自分で作るというのはこんなに素晴らしい事だったのか!」と驚きました。 そして、畑で丸かじりした時のような新鮮で美味しい野菜を沢山作って食べたいと思いました。それを家族や友人にも食べてもらいたい。 これが出発点です。

農業を仕事にした今、「家族や友人に食べてもらいたい」という思いは広がり、延長線上にお客さんがいます。思いは同じ、自分が食べたいと思うような新鮮で美味しい、畑で丸かじり出来るような(安心な)野菜を食べてもらいたいという事です。だから、頑張って農薬を使わないようにしているというよりは「自分や家族やお客さんが食べる物」に殺虫剤やら殺菌剤をかけるという発想は最初から持っていなかったという感じなのです。

日本の農耕の歴史2300年、農薬の歴史100年、2200年無農薬農業でした。今の農業のやり方が100年後も続くでしょうか?「とりあえず今良ければいい」農業ではないでしょうか?

我々には、子供や孫の世代が安心して暮らせる自然環境を残す義務があります。我々の先祖がそうしてくれたように。農家も消費者もみんなで「100年後も持続可能な農業」を考えていきませんか?進化だけが正義ではありません、時には退化が正義の場合もあります。鉄砲を捨てた江戸時代の日本人のように。

*ノエル ペリン著 「鉄砲を捨てた日本人」

 

仙台秋保 くまっこ農園

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なとり農と自然のがっこう

代表者名: 

三浦隆弘

問い合わせ先:

981-1223 名取市下余田字飯塚410-3

TEL:022-382-4606  FAX:022-382-4606

 

主な販売品目:

セリ、みょうがたけ、エダマメ、アサツキ、紫黒米

栽培の特徴:

農薬および化学肥料を使用せず、生態系と美味しさを両立できる農業を目指しています。在来作物を絶やさぬようつないでいます。

自己PR・メッセージ:

その時期に合った旬の美味しさを、この場所ならではの美味しさを共有していきたいです。

主な取扱店:

おひさまや
びすたーりフードマーケット
イオン名取店
自宅

認証取得状況:

認証取得なし

みやぎ環境とくらし・ネットワーク理事 谷口葉子

 私にとってオーガニックとは、ずばり、熱帯雨林です。熱帯雨林では、多様な生物が誰に指図される訳でもなく、本能のままに活動し、自然な秩序をつくり出します。近代農業が整然と管理された人工樹林だとすれば、有機農業は人の手が入っていない自然林です。ならば熱帯雨林などと言わず、温帯林でいいではないか、と言われるのですが、熱帯雨林と言った方が、私のオーガニックに対する考え方をより象徴的にわかりやすく表現できると感じています。

 熱帯雨林の生物たちは、豊かな生態系を維持する術を本能的に知っているようです。でも人間は、生態系を維持するために必要な行動が、本能に組み込まれていません。生態系を維持する方法を少しは知っていても、十分に行動できていません。だから私は、オーガニックは人間が本来持つべき生存や種の存続のための本能を取り戻す運動だと思っています。
 オーガニックはよく、有機野菜や有機米といった「モノ」として捉えられます。でも、もしかすると、100年後のオーガニックと、今のオーガニックは同じモノではないかもしれません。私は、100年後のオーガニックは、今よりももっと多様な意味を含むものになっているのではないかと感じます。なぜなら、オーガニックはこれまでも、新しい課題を取り込み、膨張を続けてきたからです。つまり、オーガニックは時代と共に変化するものだと思うのです。だから、モノとしてではなく、システムとして捉えることが必要だと思います。
 オーガニックのものを購入することは、自分が食べたいもの(農薬不使用であったり、GMOフリーであったり)を選ぶ権利を行使することです。同時に、オーガニックを購入することで実現される社会へ向けて一票を投じる行為でもあります。オーガニックのシステムをつくること、栽培者になること、購入すること、いずれも、誰に強制されるでもなく、自主的に実践している社会参加であり、社会への影響力の行使です。
 オーガニックをモノとして捉え、その面的・量的広がりだけを目標にしていると、強権的な政策や潤沢な補助金で安易に解決してしまおうという誘惑にかられてしまいます。オーガニックをシステムと捉えていれば、私たちが強い市民社会をつくることやそのための成長の機会を得ることが必要だと感じられるかと思います。オーガニックは参加型社会の実践だという考えに、より多くの人々が共感してくれることを願っています。